「冬の青空」は「冬の物哀しさ」を圧倒する。
おはようございます、こんにちは、こんばんは。ノイポチです。
HSPとしてこれまで生きてきて、やはり「刺激」というものが苦手です。
「刺激」が加わると180°感情等が変化してしまうんですよね。
「人の気分は何をしたかではなく、何を考えたかによって決まる」と言われている中で、HSPとして生きる事は簡単ではありません。
感情が大きく揺さぶられる事で、当然考え方もネガティブなものに変化してしまう可能性が高まるのです。
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そんな大元の刺激に関して、
大きく分けて二種類存在します。
⭐️外部刺激
視覚情報の多さ、周囲の言動、騒々しさ、相手の情動等です。
⭐️内部刺激
自分自身に向けて発せられる、所謂「頭の中の囁き」と言われるもので、ネガティブな言葉にどんどん晒され心身共に多大なダメージを受ける事が分かっています。
また、頭の中の囁きが「反芻」に繋がり、更なるメンタル疾患を生み出す元凶となる事もあります。
そしてこれら2つの刺激の共通点としては、自分自身が「今」何をしているのか、何を考えているのか等に意識を向ける事を阻害してくるという事が挙げられます。
一例(外部刺激)として、
誰かに見られながらの作業が苦手という人が居ますが、それは見ている側にどう思われているか、いつも通り上手くできるか等の声に悩まされるからこそ、本来集中すべき動作に意識が向かなくなり結果としてミス等に繋がってしまいます。
HSPではない方からすると全く理解できない様なポイントが、日常生活には沢山転がっています。
要するに、
刺激センサーが一般的な人よりも鋭敏な為、微細なものを含め入ってくる情報量も半端ではないのです。
加えて、情報量が多いからこそ「共感が過ぎる」とも言えます。
共感能力が高過ぎる人は、自分の感情を理解する能力(自己了解能力)が低く、自他混同の状態に陥り易くなります。
先程の刺激によって自身の考え等が阻害されるという話に繋がりますね。
一般的にHSPでない人は無意識下で、これは相手の感情、これは自分の感情という仕分けができています。
では何故HSPの人は、感情の仕分けが苦手なのでしょうか?
これが全てではありませんが、幼児期に親からの共感が少なかったからという事が挙げられます。
何かしたい事があったとしても、「これがしたいんやね」という言葉ではなく「否定的」な言葉を返された経験が多かったり、「辛い時、悲しい時」にそれを認めて貰えなかった経験等の積み重ねによって自己了解能力が育たなかったのです。
HSPの方は、思い当たる節があるのではないでしょうか。
しかし!!!
諦めないで下さい🙇♂️
大人になってからでも、共感を抱いて貰える、ありのままを認めて貰える経験を重ねる事で、自己了解能力は高める事ができるとも言われています。
それは、カウンセラーでもパートナーでも先生でも構いません。
とは言え、HSPとして生きている以上根本的解決はなく、自己了解能力を高めると共に「休む・環境を変える等」の対症療法で生きていく事になると私は思っています。
特に環境に関しては、自分に合う場所次第でHSPの特性がプラスに働くと言われている中で、そこは貪欲に求めていきたいですよね😊
最後に、
HSPの共感能力は、ある意味普通の人には真似できない「技」だとも思っています。
自他分離の訓練によって、ケアの能力をどこまでも高める事も可能です。
私を含め、皆さんも強みを生かせる事ができると良いですね。
今回もご覧頂き、ありがとうございました。
ボチボチと生きていきましょー
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